日常の使い方 · 8

「夜だけ遅い」「VPNのときだけ遅い」を切り分ける手順

夜になると回線が遅い、VPNのときだけ遅い——原因を推測で潰さないための切り分け手順をまとめます。同じ時刻でVPNあり・なしを昼夜4点測る方法、PPPoEの時間帯輻輳の見分け方、距離から決まる遅延の下限、MTUの実測コマンド、DFSやLANケーブルなど宅内側の要因までを順番に確認します。

更新: 2026-08-29

「夕方から夜だけ遅い」は、日本の固定回線でよく持ち込まれる訴えだ。候補となる原因は多いが、実際には数個に絞り込める。厄介なのは、VPNを使っていると、回線・経路・宅内のどこが遅いのかが混ざって見えることだ。

この記事は原因の候補を並べるのではなく、変数を1つずつ固定して潰していく順番を示す。原則はひとつ——比較は同じ時刻に行う。昼に測ったVPNなしと、夜に測ったVPNありを比べても、そこからは何も分からない。

手順0:同じ時刻に4点を測る

  1. 1有線接続にする。難しければ5GHz帯に固定し、ルーターの近くで測る。Wi-Fiの揺らぎが入ると、以降の判断が当てにならなくなる。
  2. 2同じ回線につながっている他の端末の通信と、バックグラウンド更新を止める。裏で何かが転送していると、何を測ったのか分からなくなる。
  3. 3VPNを切断した状態で、スループットと ping のRTT・パケットロスを記録する。
  4. 4同じ場所・同じ相手先で、VPNを接続して同じ測定を行う。
  5. 5以上を昼(平日の午前など)と夜(22時前後)の2回行い、合計4点を揃える。

4点が揃うと、原因はほぼ機械的に絞れる。

  • 夜だけ両方遅い:回線側。PPPoEの時間帯輻輳か、集合住宅の共有設備。
  • 昼夜ともVPNのときだけ遅い:経路・MTU・暗号処理のいずれか。
  • 昼夜とも常に遅い:宅内。Wi-Fi、ケーブル、ルーターの処理能力。
  • ばらつきが大きく再現しない:まず測り方を疑う。Wi-Fi、他端末の同時利用、バックグラウンド更新が残っている。

PPPoEの時間帯輻輳を見分ける

PPPoE方式では、IPv4の通信が事業者との接続点にある網終端装置を経由する。利用が集中する時間帯はここがボトルネックになり、契約上の速度に関係なくスループットが落ちる。IPoE方式はこの装置を通らないため、同じ時刻でも挙動が異なる。

見分け方は単純で、IPv6での通信は速いのにIPv4だけ遅い状態が夜間に再現するなら、IPv4がPPPoE経路を通っている可能性が高い。IPv4とIPv6を別々に測れる速度測定サイトを使うか、ping -4ping -6 で宛先を固定して比べる。あわせて、ルーターがPPPoEセッションを張ったままかどうかを管理画面で確認する。接続方式そのものの判別手順はIPoE方式とVPNの記事にまとめた。

距離が決める、下げられない下限

VPNを使うと遅延は増える。これは実装の良し悪しではなく距離の問題で、下限は物理で決まっている。光ファイバー中の実効伝搬速度はおよそ20万km/s。100kmにつき片道0.5ms、往復で約1msが積み上がる計算になる。

  • 東京〜大阪:直線でおよそ400km。往復の物理下限はおよそ4ms。
  • 東京〜シンガポール:およそ5,300km。同じ計算で往復およそ53ms。
  • 東京〜ロサンゼルス:およそ8,800km。往復およそ88ms。
  • 東京〜フランクフルト:およそ9,300km。往復およそ93ms。

実際の海底ケーブルは直線を通らないので、経路長は上の数字より長くなる。そこに各ホップの処理とキューイングが乗る。したがって、日本から欧州のサーバーへのRTTが200msを超えていても、それだけでは異常とは言えない。逆に、国内の接続先でRTTが100msを超えるなら距離では説明できず、経路かキューを疑うべき状況になる。

平均RTTだけを見ない。体感を悪くするのは平均値ではなくジッター(ばらつき)とパケットロスだ。平均40msでもロスが1%あれば、TCPは再送と輻輳制御でスループットを落とす。連続pingを数分回して、最大値とロス率を必ず記録する。

MTUとフラグメンテーション

「速度は出ているのに特定のサイトだけ止まる」「小さいページは開くのに画像が来ない」「ファイル転送が途中で固まる」——この形の症状は、多くがMTU(1パケットで運べる最大サイズ)に起因する。IPoE(MAP-E/DS-Lite)では一般にMTU 1460、PPPoEでは1454が使われ、VPNはさらにカプセル化のヘッダー分を差し引く。

  1. 1Windowsで ping -f -l 1472 8.8.8.8 を実行する。-f は分割禁止、1472 はペイロード長で、IPとICMPのヘッダー28バイトを足すとちょうど1500になる。
  2. 2「パケットの分割が必要」と出たら、値を下げて二分探索する(1452、1432、1412…)。通った最大値に28を足したものが経路MTU。
  3. 3macOSは ping -D -s 1472 8.8.8.8、Linuxは ping -M do -s 1472 8.8.8.8
  4. 4VPNを接続した状態で同じ測定を行い、トンネル内のMTUを求める。素の経路より小さくなるのが正常。

求めた値をVPNクライアントのMTU設定に反映する。UDPベースの実装では1420前後が既定になっていることが多く、それでも通らない環境ではさらに下げる。なお、TCPの上に別のTCPを載せる構成は再送が二重になり、輻輳時に大きく落ちる。選べるならUDPベースの経路を使う。

宅内側で疑うもの

  • 2.4GHz帯:電子レンジ、Bluetooth、近隣のアクセスポイントと干渉する。5GHzで再測定して差が出るならここ。
  • 5GHzのDFS対象チャネル:日本ではW53(52〜64ch)とW56(100〜140ch)が気象レーダーなどとの共用帯にあたる。レーダーを検出すると別のチャネルへ移り、移動先で規定の待機(通常1分程度、帯域によってはさらに長い)を行うため、その間は通信が止まる。DFS対象外のW52(36〜48ch)に固定して再現するか確かめる。
  • メッシュや中継機の段数:無線で中継するたびに実効速度は落ちる。中継先を有線でつなぐ(有線バックホール)構成にできるか確認する。
  • ルーターの処理能力:VPNやIPv4 over IPv6の変換処理はCPUを使う。接続台数が多い環境では、回線ではなく機器が上限になっていることがある。
  • LANケーブルとポート:カテゴリー5などの古いケーブルや、100Mbpsまでのポートが1本混ざっているだけで頭打ちになる。ルーターとPCの両方でリンク速度表示を見る。

記録の取り方

サポートに連絡する場合も、自分で追う場合も、記録がないと話が進まない。次の3点を、遅い時間帯と正常な時間帯の両方で取る。

  1. 1連続ping:Windowsは ping -t、macOS・Linuxは ping -c 600。終了時に出るロス率と最小/平均/最大を保存する。
  2. 2経路:tracerttraceroute の出力。どのホップからRTTが跳ねるかを見る。途中のホップだけ高く最終ホップが低い場合は、そのホップがICMPへの応答を後回しにしているだけで、経路の異常ではない。
  3. 3時刻と条件:接続方式(有線/Wi-Fi)、VPNの有無、接続先。接続先を変えて同じ測定を行うと、経路側の問題か接続先側の問題かを分けられる。

外出先のWi-Fiで同じ症状が出る場合は、前提そのものが変わる。共有ネットワーク側の仕組みはホテル・公共Wi-Fiの記事にまとめている。

よくある質問

VPNを使うと必ず遅くなりますか。

追加の経路と暗号処理が入る以上、遅延は増えます。ただし増分の大半は距離で決まるため、近い接続先を選べば影響は小さく抑えられます。スループットのほうは、回線ではなく端末やルーターの処理能力で頭打ちになることもあります。

夜だけ遅いのですが、IPoEに変えれば直りますか。

原因がPPPoEの網終端装置の混雑なら、改善する可能性はあります。ただし集合住宅の共有設備や宅内Wi-Fiが原因の場合は変わりません。切り替えを申し込む前に、昼夜4点の測定で回線側か宅内かを確定させてください。

MTUはいくつに設定すればいいですか。

固定の正解はありません。経路MTUを実測し、そこからVPNのヘッダー分を引いた値を使います。分からない場合は既定値から少しずつ下げ、大きい転送が止まらなくなる最大値を採用してください。下げすぎるとオーバーヘッドが増えて効率が落ちます。

速度測定サイトの数字が毎回違います。

測定サーバー、時間帯、Wi-Fiの状態、端末のCPU負荷で結果は変わります。絶対値ではなく、同一条件での差分を見てください。同じ測定サーバー・同じ時刻・同じ接続方法でVPNあり/なしを比べるのが、意味のある使い方です。

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